2019年3月のベース無関係日記

酔っ払いに絡まれる

(3月1日)

デパートの長椅子に座り、午後のレモンティーを飲んでいると、70歳くらいの酔っ払い爺さんが絡んできた。直ぐに何処かへ行くだろうと思ったが、僕の隣に座り喋りだした。主には金の話で、月に30万円は使い、それでも中々お金が減らなくて困っている、という自慢話だった。大きな声で喋ってくるので五月蝿く、金の話なので下品に感じられ恥ずかしかった。

レーモンド松屋

(3月2日)

昼飯の時間にテレビを見ていたら、今日のライブで叩いてくれたドラマーが「あ!レーモンド松屋や!」と言った。僕は芸人さんかと思ったが、歌手のミュージシャンだった。今日のドラマーとレーモンド松屋さんは同じ愛媛出身で、愛媛県民はもちろん、四国では有名な歌手らしかった。

雛人形

(3月3日)

友達が雛人形を見に来ないかい、と言ってくれていたのを思い出し、電話で確認してから、お伺いさせてもらった。稀に見る立派な雛人形で、殿様と姫様はもちろん、五人囃子なども全て揃っていた。友達はそのフルセットのことを、完全体と呼んでいたが、違うような気がした。

フットサルの約束

(3月4日)

今日は昼からフットサルの約束をしていたが、寝過ごしてしまい、目が覚めた時には、もうフットサルは終わっていた時間だった。しかし、何の連絡もなかったので、良かったような悲しかったような気がした。

ディラン・マッケイ

(3月5日)

なだぎ武さんがモノマネをされている、ビバリーヒルズ高校白書のキャラである、ディラン・マッケイさんが亡くなられたと、NHKのニュースで知った。ビバリーヒルズ高校白書は見たことがなかったので、ディランを演じている俳優さんは、ルーク・ペリーさんという方だったというのを、今回初めて知った。

日本人形

(3月6日)

先日、雛人形を見させてもらったせいか、今日の夢には日本人形が出てきた。いつの間にか僕の部屋に、日本人形が3体も飾られており、怖いので知り合いに引き取ってもらう、という情けない夢だった。

無音

(3月7日)

今日は練習スタジオまで、自動車で行った。今日は車中のBGMを無しにして、ずっと無音のまま運転した。田舎道だったせいもあり、ほとんど運転音しか耳に入ってこず、新鮮な感じがした。そういえば、無音こそ最高の音楽だとして、無音を録音したレコードを発売した、クラシックの音楽家がいたのを思い出した。

動画を見て凹む

(3月8日)

今日は色んなギタープレイ、ベースプレイの動画をyoutubeで見た。本当に皆さん上手くて、また自分の下手さを思い知らされた。テクニックにも驚かされるが、多くはグルーヴの凄さに驚かされ、あれは単に練習量の問題ではない、ようにも思えてきた。最後はヴィクター・ウッテンの、isn’t she lovelyを見て終わるのが、最近の恒例になってきている。

ロボコップ

(3月9日)

今日もyoutubeを見ていると、お勧め動画に映画の、ロボコップが表示された。何となく見てみると、ロボコップは最初からロボットだと思っていたが、元々は人間だというのを初めて知った。なかなかグロいシーンも多かった。

ピッコロ大魔王

(3月10日)

漫画喫茶で久しぶりに、ドラゴンボールを読んだ。ピッコロ大魔王を見ていると、誰かに似ていると思っていたが、バイキングの小峠さんに似ているんだと、ゆで卵を食べている時に気づいた。ググってみると、案の定いくつかネタになっているようだった。

ヤフー知恵袋

(3月11日)

突然として石高の一石は、どれくらいの量なのか、気になったので調べてみた。ヤフー知恵袋によると、一石は約150キログラムで、米俵2.5俵になるらしかった。それは勉強になったが、他の質問を見ていると、本気なのか冗談なのか、よく分からない質問も多く、少し怖くもなった。

コード弾き

(3月12日)

今日はギターのコード弾きばかりを、6時間ほど練習した。指が届かなかったコードも、何とか流れの中でも押弦できるようになり、弾けないコードは今のところ無くなったので、新しいコードを覚えてみようと思う。僕もだんだんと、右手と左手の指の長さの違いが、はっきりと分かるようになってきた。

ピエール瀧

(3月13日)

電気グルーヴのピエール瀧さん51歳が、麻薬取締法違反で逮捕されたと、テレビのニュースで知った。友達は50歳から急に薬を始めることはないと思うでの、若い頃から常用していたのではないか、と疑っていた。2019年限定でピエール瀧さんは、ウルトラの瀧という芸名で活動されていたらしいが、全く知らなかった。

忘れる

(3月14日)

何かを買いに行こうと100円ショップまで行ったが、店に着いてから何を買うか忘れてしまった。暫く思い出そうと頑張ったが、思い出せずに帰ることにした。家に着いてから、糸ようじを買おうとしていたのを思い出し、かなり悔しかった。

Go!Go! GUITAR

(3月15日)

音楽教室にある雑誌「Go!Go! GUITAR」の先月号の表紙に、20年間ありがとうございましたとあり、休刊することになったとあった。自分で購入したことはないが、毎回読んでいたので、中々にショックだった。

フィボナッチ数列

(3月16日)

前にも喋ったことのある、理数系の人に会った。彼は現在フィボナッチ数列について、再び勉強していると言っており、フィボナッチ数列がどういうものか聞いてみたが、イマイチよく分からず、それが何に役に立つのかも、分からなかった。

ダウン

(3月17日)

今日のライブには懐かしい友達が来てくれ、ライブ後には皆で酒を飲みに行った。話が弾んで酒も進み飲みすぎてしまい、吐きこそはしなかったが、苦しくてトイレの中で動けなくなってしまった。

危うい

(3月18日)

昨日は食べ過ぎてしまったので、今日のジョギングは距離を長めに走った。気持ち良くなり、だんだんとスピードを上げてしまい、横断歩道の場所とはいえ、危うく車に轢かれそうなり怖かった。

ポストリペア

(3月19日)

2番目に古いウォークマンのバッテリーが切れたので、ポストリペアという修理業者に出しておいたのが、先日に届いていた。バッテリーに問題はなかったが、ボタンが壊れており押し辛くなっていた。このことをポストリペアに尋ねると、無償の送料無料で対応してくれるみたいなので安心した。

コロコロ

(3月20日)

コロコロで掃除をしたところ、1メートル以上の長い髪の毛があった。最近は僕の部屋に女性は来たことがないので、何でこんな長い髪の毛があるのかと、少し怖くなった。

頭を掻き毟る人

(3月21日)

1分に1回ほどのペースで、頭を掻き毟る人がいた。顔も苦痛で歪んでおり、苦しそうだった。その人は白衣を着ておられたので、何かの実験に失敗でもしたのだろうか。

イチロー選手引退

(3月22日)

イチロー選手が引退したというのを、今日知った。昨日は疲れており、帰ってくるなり寝てしまったので、イチロー選手の引退試合を見ることが出来なかった。それにしても、本当にお疲れ様でした。

校歌

(3月23日)

春の甲子園を見ていたら、試合の途中で校歌が流れ出した。校歌は勝利した高校だけが流してもらえる得点、というような記憶があったので、それは僕の記憶違いだったのだろうか。

見てくれている

(3月24日)

生徒さんではない人から、ベースの質問をされた時に、一緒にスマホを見せられたが、それは僕の作っているサイトだった。以前にも同じことが何回かあったが、僕の作っているサイトでも、見てくれている人がいるのだなぁと、不思議で嬉しくもあった。

もどかしい夢

(3月25日)

夢の内容は忘れてしまったが、何やらもどかしい夢を見てしまい「ん~~~~~!もぉ~~~~~!」と、現実の世界でも大声を出して目覚めた。思っていたよりも大声だったらしく、帰宅途中に出くわしたお隣さんに「今朝は何かあったんですか?」と、言われてしまった。

蕎麦

(3月26日)

乾麺の蕎麦があったので茹でて食べたが、後から賞味期限を見ると2016年の7月になっていた。腹の具合は大丈夫なので、とりあえずは安心したが、乾麺の蕎麦なんて買った覚えがないのも、後になってから気づいた。

PAO

(3月27日)

友達の家へ行くと友達の奥さんが、筋トレ用具のエアロバーを小さくしたような物を、口に咥えていた。それもPAOという、顔面を鍛える筋トレ用具の1つらしく、奥さんはPAOを咥えて、首を上下にブルブル振っていた。その姿は誰が見ても滑稽で、お客さんが来たら普通は止めるであろうに、奥さんは一生懸命、PAOで顔面を鍛えていた。

交渉

(3月28日)

閉店すると聞いていた近所の飲食店が、まだ続くということを聞いた。飲食店側が家主に交渉をしたらしく、4月から今までの半額以下の、家賃になったらしかった。それにしても半額とは、どんな交渉をしたのだろうか。

プロ野球

(3月29日)

今日から日本のプロ野球が開幕したみたいだった。若手の同僚らは、今年は誰々が活躍すると盛り上がっていたが、誰一人として分かる野球選手がいなかった。

平原沖恵

(3月30日)

BSで放送しているワールドスポーツMLBが、おそらく今日から始まった。今年もアナウンサーは、平原沖恵さんだと思い楽しみにしていたが、違う人に変わっており残念だった。

対バン

(3月31日)

久しぶりに対バン形式の、激しめなライブに参加した。38歳の僕が一番の年長者かと思ったが、40歳を超えた人も何人かおり、中には左腕全体にタトゥーを入れている人もいた。中には演奏になっていないバンドもあったが、お客さんは盛り上がっていたので、それはそれで良いと思えた。幾つもバンドを掛け持ちしていた若い頃を思い出し、新鮮な気持ちになれ楽しかった。しかし、打ち上げには参加しなかった。